2012年10月24日水曜日

The Greatest Show on Earth

レンスキーらの実験の紹介と順番が逆になったが、リチャードドーキンスの最近の著書「進化の存在証明」を読み終えたので感想。原題は「The Greatest Show on Earth - The Evidence for Evolution」。進化論を信じない人があまりに多いのを嘆いて書かれた本なので、基本的には詳細に何故進化が真実と考えられるのかを丁寧に解説している。

アメリカでは実に4割の人が進化を信じていないという。これまではなんて頑迷なキリスト教徒たちなのだろうと思っていたのだが、どうやら違うらしいことがこの本を読んでいるうちにわかった。これらの人たちのほとんどは単に基本的な科学の知識がないだけなのだ。そして一部の進化を理解していながら感情的に受けつけない人たちが彼らを洗脳すべくエセ科学を振りかざしている。そういう構図のようだ。今年は大統領選の年なのでこういう問題は一層悩ましいものである。

2012年10月23日火曜日

レンスキーらの進化実験

最近読み終わった「進化の存在証明」で紹介されていたレンスキーらの実験の、続報が出ていました。紹介されていた研究は、12系統の大腸菌をひたすら継代し続けるというものです。グルコースを添加した培地で維持し続けると、よりその環境で増殖に適した変異を持った個体が増殖することになります。そしてすぐに上限に達するのですが、あるとき、
とても濃い密度まで増加できる株が出現しました。その後の研究でこれは培地にpH調整のために添加されていたクエン酸をエネルギー源として利用できるように進化したためであることがわかりました。

Genomic analysis of a key innovation in an experimental Escherichia coli population
Blount ZD, Barrick JE, Davidson CJ, Lenski RE.
Nature. 2012 Sep 27;489(7417):513-8. doi: 10.1038/nature11514. Epub 2012 Sep 19.
PMID: 22992527 [PubMed - in process]

さて、今回の報告では、これらの株の継代中のゲノム配列の変化を調べています。クエン酸を利用できるようになるよりも10000継代も前から培養液中では3種類の遺伝子型が共存しており、その内の1つでタンデム遺伝子重複が起こり、クエン酸トランスポーターの遺伝子が発現するようになったということがわかりました。

2012年10月19日金曜日

イタチの内在性レンチウイルス

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などのレンチウイルスは長らく内在性レトロウイルスにはならないと考えられてきたが、近年になって、ウサギやサルから内在性レンチウイルスが見つかって来ている。

Endogenous Lentiviral Elements in the Weasel Family (Mustelidae)
Han GZ, Worobey M.
Mol Biol Evol. 2012 Oct;29(10):2905-8. Epub 2012 Apr 20.
PMID: 22522310 [PubMed - in process]

この論文ではイタチから新規の内在性レンチウイルスMustelidae endogenous lentivirus [MELV]を報告している。イタチ類の中でも、カワウソ亜科 Lutrinaeとイタチ亜科 MustelinaeではMELVが見つかったが、テンの仲間Martinaeでは見つからなかった。このことから、MELVがイタチ類のゲノムに挿入されたのは、1180万年前から880万年前ごろと推定された。

2012年10月18日木曜日

mutator変異と転移因子の競合関係

真核生物の転移因子を扱っている私にとってはMutatorというと植物のトランスポゾンなのですが、原核生物ではDNA修復系の変異の名前ですね。

Competition between Transposable Elements and Mutator Genes in Bacteria
Fehér T, Bogos B, Méhi O, Fekete G, Csörgo B, Kovács K, Pósfai G, Papp B, Hurst LD, Pál C.
Mol Biol Evol. 2012 Oct;29(10):3153-9. Epub 2012 Apr 23.
PMID: 22527906 [PubMed - in process]

mutator変異と転移因子はどちらも突然変異率を上げる。この論文では、転移因子を全て除いた大腸菌にIS1を導入し、その挙動を調べている。確かにIS1は突然変異率を増加させ、時折全く異なった表現型を示す株を作るが、その適応進化における効果はmutatorに比べると小さかった。そしてmutator変異は転移因子の増殖を抑える効果があった。従ってmutator変異と転移因子は変異誘発系として競合関係にあると言える。

2012年10月17日水曜日

自尊心のある人ならば

改めて、先日読んだ遺伝子重複による進化から、とても気に入った言葉を引用したい。

基礎科学に携わる研究者で自尊心のある人ならば誰でもが望むように、次世代の生物学者の考え方に影響を与えたいと思うならば、実験データの単なる生産者であるという水準から抜きんでて、新しい概念を明確に提示する者とならねばならない

日本語版への序にある言葉なのだが、正に至言。

2012年10月16日火曜日

遺伝子重複による進化

タイトルは和訳版のタイトル。大野乾の代表的な著書の1つ「Evolution by Gene Duplication」。原著の発表が1970年だからもう42年前の作品で、遺伝子重複、特に全ゲノム重複が生物進化に重要であることを唱えた論文である。2R仮説を話すときには常に引用する論文で、実際論文で引用したこともあるので、読むべきだとは思っていたのだが、古い論文はなかなか読むモチベーションがわかない(また手に入りにくい)、こともあって先延ばしにしてきた。

以降要約ではなくただの感想。
2R仮説の基となっている論文だが、この本自体で仮説提示されているのは、「爬虫類の誕生以前までに脊椎動物は1回以上の全ゲノム重複を起こしている」というもので、「脊椎動物の祖先で2回のゲノム重複が起きた」というものではない。つまり2R仮説を引用する場合にはこの論文だけを引用するのでは不十分。

もう一点気になったのは、ゲノムのDNA量の差異の原因を全て直列重複に帰そうとしている点。これは現在では、直列重複が寄与している部分はごくわずかで、実際には転移因子が関わっている事が明らかである。従って転移因子の関与は大野以降に明らかになってきた事柄だということだ。

にしても情報が少ない時点での推論はいろんな想像が膨らんで楽しそう。情報が増えた今でもこういうわくわくするテーマがあるはずで、それを見つけるのは一生モノの仕事なのだろうと思う。

2012年10月15日月曜日

牡蠣(カキ)ゲノム

二枚貝の一種マガキ(Crassostrea gigas)のゲノムが解読されました。アコヤガイ(Pinctada fucata)に次ぐ軟体動物のゲノム解読です。

The oyster genome reveals stress adaptation and complexity of shell formation
Zhang G, Fang X, Guo X, Li L, Luo R, Xu F, Yang P, Zhang L, Wang X, Qi H, Xiong Z, Que H, Xie Y, Holland PW, Paps J, Zhu Y, Wu F, Chen Y, Wang J, Peng C, Meng J, Yang L, Liu J, Wen B, Zhang N, Huang Z, Zhu Q, Feng Y, Mount A, Hedgecock D, Xu Z, Liu Y, Domazet-Lošo T, Du Y, Sun X, Zhang S, Liu B, Cheng P, Jiang X, Li J, Fan D, Wang W, Fu W, Wang T, Wang B, Zhang J, Peng Z, Li Y, Li N, Wang J, Chen M, He Y, Tan F, Song X, Zheng Q, Huang R, Yang H, Du X, Chen L, Yang M, Gaffney PM, Wang S, Luo L, She Z, Ming Y, Huang W, Zhang S, Huang B, Zhang Y, Qu T, Ni P, Miao G, Wang J, Wang Q, Steinberg CE, Wang H, Li N, Qian L, Zhang G, Li Y, Yang H, Liu X, Wang J, Yin Y, Wang J.
Nature. 2012 Sep 19;490(7418):49-54. doi: 10.1038/nature11413. Epub 2012 Sep 19.
PMID: 22992520 [PubMed - in process]

転移因子についてはあまりたいしたことは書いてないですね。

2012年10月13日土曜日

森口氏

先日からニュースで盛んに取り上げられていますが、遂にNatureとScienceのwebsiteにもニュース記事が出ています。

Stem-cell transplant claims debunked (Nature)
Breakthrough Stem Cell Results Called Into Question (Science)

これまでに報道された内容を見る限りでは、とても杜撰な作り話に見えます。共著者についても気になるところはあるのですが、事実関係が明らかになるまではコメントは控えます。

2012年10月12日金曜日

やっぱりヒ素はリンの代わりにはならないらしい

2年ほど前に大きな話題になったヒ素をリンの代わりに使う生物の話。発表当初から懐疑的な見方が出ていましたが、最近Scienceに反証記事が出ました。

GFAJ-1 is an arsenate-resistant, phosphate-dependent organism.
Erb TJ, Kiefer P, Hattendorf B, Günther D, Vorholt JA.
Science. 2012 Jul 27;337(6093):467-70. Epub 2012 Jul 8.
PMID: 22773139 [PubMed - indexed for MEDLINE]

Absence of detectable arsenate in DNA from arsenate-grown GFAJ-1 cells.
Reaves ML, Sinha S, Rabinowitz JD, Kruglyak L, Redfield RJ.
Science. 2012 Jul 27;337(6093):470-3. Epub 2012 Jul 8.
PMID: 22773140 [PubMed - indexed for MEDLINE]

どちらの論文でも、ヒ素はDNA中に取り込まれてはいないという結果を示しています。解析の詳細は専門外なのでわかりませんが、どうやらGFAJ-1はヒ素に非常に耐性の高い生物ではあるけれどもヒ素をリンの代わりにDNAに取り込むというのは間違いのようですね。

2012年10月11日木曜日

2012年ノーベル化学賞

2012年のノーベル化学賞はRobert J. Lefkowitz氏とBrian K. Kobilka氏に贈られることが決まりました。受賞理由は
"for studies of G-protein–coupled receptors"
(Gタンパク質共役型受容体の研究により)

Lefkowitz氏はGタンパク質共役型受容体の分子を発見し、Kobilka氏はその1つβ-adrenergic receptor遺伝子を同定しました。現在ではGタンパク質共役型受容体ファミリーという巨大な遺伝子ファミリーが、細胞間シグナル伝達に大きな役割を果たしている事が明らかになりました。

The Nobel Prize in Chemistry 2012

Gタンパク質については、既に1994年にAlfred Goodman Gilman氏とMartin Rodbell氏がノーベル医学生理学賞を受賞しています。あれ?と思ったのですが、Gilman氏とRodbell氏が受賞したのはGタンパク質そのものの研究により、今回の受賞はGタンパク質共役型受容体についての研究によってでした。

2012年10月10日水曜日

2012年ノーベル医学生理学賞

2012年ノーベル医学生理学賞がJohn Bertrand Gurdon氏と山中伸弥氏に授与されることが決まりました。受賞理由は、
"for the discovery that mature cells can be reprogrammed to become pluripotent"
(多能化するよう成熟細胞を再プログラムできることの発見により)

Gurdonは核を取り除いた受精卵にカエルの腸上皮細胞の核を移植する実験により、分化した細胞の核にも多能性が維持されていることを明らかにしたことが、山中は4つの遺伝子を導入して体細胞から多能性幹細胞を生成する技術を確立したことが評価されての受賞です。

The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2012

受賞は実際のところ時間の問題だと思っていましたが、主要な成果からたった6年での受賞というのは確かに早い。1998年にRNA干渉を発見したAndrew Zachary Fire氏とCraig Cameron Mello氏がノーベル賞を受賞したのは2006年で、そのときも非常に早い受賞だと思ったのを思い出します。科学の発展が加速度的に速くなっているのも痛感せざるを得ません。

2012年10月9日火曜日

マウス胚の全ゲノムメチル化地図

哺乳類の派生初期には大規模なメチル化の変化が見られる事が知られています。父親由来のゲノムは受精後メチルシトシンが減少し、杯盤胞の時期にメチル化の程度は最低になると考えられています。

A unique regulatory phase of DNA methylation in the early mammalian embryo
Smith ZD, Chan MM, Mikkelsen TS, Gu H, Gnirke A, Regev A, Meissner A.
Nature. 2012 Mar 28;484(7394):339-44. doi: 10.1038/nature10960.
PMID: 22456710 [PubMed - indexed for MEDLINE]

この論文ではマウス胚の全ゲノムメチル化地図を作製し、受精から着床までのパターン変化を解析しています。未受精卵の段階で既に大規模な低メチル化が起こっていました。ここで特に低メチル化されていたのはLINE1とLTRレトロトランスポゾンでした。
父親由来母親由来でメチル化のパターンが異なる領域はdifferentially methylated regions (DMRs)と呼ばれています。母親由来(卵)のDMRにはCpGアイランドが多く、この領域は初期胚でDMRが維持され、徐々にメチル化の差は失われて行きます.一方で父親由来(精子)のDMRは遺伝子間領域が多く、杯盤胞以降では過メチル化されました。

インプリンティングはおそらく転移因子のメチル化に由来しています。このようなパターン変化がどのようにして生まれたのか興味深いです。

2012年10月8日月曜日

Repbase Reports Volume 12, Issue 9

Repbase Reportsの今年第9号が9/22に出版されました。今号では、ショウジョウバエ6種(Drosophila ananassaeDrosophila rhopaloaDrosophila takahashiiDrosophila yakubaDrosophila virilisDrosophila willistoni)、ミツバチApis mellifera、ユウレイボヤCiona savignyi、珊瑚の仲間のコユビミドリイシAcropora digitiferaの転移因子を報告しています。

Repbase Reports Volume 12, Issue 9

Repbase ReportsはGIRIが発行している、真核生物の反復配列を報告するオンラインの科学雑誌です。配列、分類と簡単な特徴の報告だけですが、反復配列の一次情報源として論文でも引用されています。Repbase Reportsに掲載された配列は、反復配列データベースであるRepbase Updateに収録され、配布されます。学術研究者はユーザー登録することでどちらも無料で閲覧できます。

2012年10月6日土曜日

Complete Genomics

我々の研究所から、グーグルを挟んだ反対側にある企業Complete GenomicsがBGIに買収されるという話がNatureに載っていました。

China buys US sequencing firm

記事によるとComplete Genomicsはヒトゲノムの解読に特化した配列解読サービスを提供していて、その強みは間違いの少なさだそうです。間違いは1千万塩基に1つだとか。そのレベルだと父親由来と母親由来のハプロタイプが区別できます。今後は医療現場で個人のゲノムの完全解読が普及すると見込まれているので期待は大きいのですが、今のビジネスモデルでは成功しているとは言い難く、今回の買収に至ったようです。目下のところシーケンサーはIlluminaの独断場になっているのでComplete Genomicsの技術は市場から退場してしまうのは望ましくなく、今回の買収は好感されているそうです。目下のComplete Genomicsの技術の問題点はシーケンスに2-3ヶ月もかかるという点で、医療用途には魅力的ではありません。今後はBGIの支援を受けながら技術を改善させていくことが期待されています。

で、先日本社の看板を見てきました。臨海公園Shoreline@Mountain View Parkに行く途中に見えました。

2012年10月5日金曜日

酵母の性決定遺伝子座

少なくとも出芽酵母の仲間の性決定遺伝子座は利己的遺伝子に由来します。トランスポゾンとホーミングエンドヌクレアーゼが遺伝子化されたことが既に示されています。

Unidirectional Evolutionary Transitions in Fungal Mating Systems and the Role of Transposable Elements
Gioti A, Mushegian AA, Strandberg R, Stajich JE, Johannesson H.
Mol Biol Evol. 2012 Oct;29(10):3215-26. Epub 2012 May 15.
PMID: 22593224 [PubMed - in process]

菌類で性を決定している座位はmating-type (mat) locusと呼ばれている。この論文ではアカパンカビの自家受精する4種としない1種のmat座の配列を決定して、既知の配列と比較している。自家受精しないものは共通の遺伝子配置を持っていたので、自家受精しないものが祖先型、自家受精するものはそれぞれしないものから派生したと考えられた。自家受精するものはアカパンカビ属で少なくとも4回独立に進化し、その内3回は半数体ゲノムに両方のmat座の配列が載る事で起こった事がわかった。このmat座の移動はもしかすると異なる位置のトランスポゾン間での組換えで起こったのかもしれない。

2012年10月4日木曜日

ウシ亜科内のBov-Bの転移

要約だけでは内容がよくわからない...けれどとりあえずメモ。

Activity of Ancient RTE Retroposons during the Evolution of Cows, Spiral-Horned Antelopes, and Nilgais (Bovinae)
Nilsson MA, Klassert D, Bertelsen MF, Hallström BM, Janke A.
Mol Biol Evol. 2012 Oct;29(10):2885-8. Epub 2012 Jun 11.
PMID: 22688946 [PubMed - in process]

レトロトランスポゾンBov-Bを用いてウシ亜科の系統解析をしている。また、Bov-B由来のSINEの活性に3つの段階あった事が示されている。

2012年10月3日水曜日

カイツブリはフラミンゴと近縁

A Universal Method for the Study of CR1 Retroposons in Nonmodel Bird Genomes
Suh A, Kriegs JO, Donnellan S, Brosius J, Schmitz J.
Mol Biol Evol. 2012 Oct;29(10):2899-903. Epub 2012 Apr 20.
PMID: 22522308 [PubMed - in process]

この論文では、CR1の挿入の有無による系統推定を非モデル生物の鳥類に適用する方法について報告されている。その例として、カイツブリのゲノムを解析し、カイツブリがフラミンゴと近縁であることを示している。また、鳥類では初めての、種内多型を示すCR1の挿入を発見している。